一人っきりの部屋に戻ると、私はリビングの真ん中に力なく座りこんだ。

明かりをつける気力もなく、私は丸くうずくまる。


ジョンファ。


ああ・・・と、体の奥底からため息がせり上がってくる。

大きな息を吐くと同時に私は泣き出した。

ジョンファと愛し合うようになってから、

一人で泣くことなんかないと思っていたのに・・・。


ジョンファ、生きていてくれてよかった。

私はもうそれ以上望まない。

あなただけがいればいい。



ひとしきり泣くと、私はゆっくりと体を起こした。

ジョンファはまだ眠っているだろう。

明日は仕事に行く前に病院へ行き、一旦会社に出なくては・・・と思う。

その上でソジンと相談して、今後のことを考えよう。

泣いたことで私の心は落ち着きを取り戻していた。

ふと思い出して、携帯電話の電源を入れる。

凄まじい勢いで着信のお知らせと留守電のメッセージがディスプレイを覆いつくし、

それでも足りずにどんどんせり上がってくる。

驚いて確認すると、最初のメッセージは、

早口にジョンファの怪我を知らせてくれるチェミンの声だった。


「先輩、先輩!

 あ〜ん、先輩、どうして出ないのっ!

 ジョンファssiがっ・・・!!!

 せんぱぁい!!」


一旦切られて、またチェミンの声が響く。


「先輩、怪我したの。

 ジョンファssiが、先輩、怪我しちゃったの。

 ソウル総合病院、早く行って」


彼女の泣き叫ぶ声の後ろで、


「チェミン!ラボックに電話するか、

 ソジンssiの携帯に電話しなさいっ!」という声が入っている。


ほとんど泣き叫んでいる彼女の

支離滅裂なメッセージを途中まで聞いて、私はすぐに削除した。


ジョンファが今、無事な姿で眠っていることは分かっているのに、

動転して上擦った彼女の声を聴いていると、

先ほどの恐怖心がよみがえってきて苦しいほどに動悸が高まった。

二度と同じ思いを味わうのはごめんだった。


けれど、ソジンと、そしてジョンファの両親は、

既に経験してしまっているのだという苦い思いがこみ上げてくる。

私はあの人たちを大切にしたい。

ジョンファを想うように、

彼らをも大切に思いながら生きていかなくてはいけないのだと、改めて決心する。


チェミンのメッセージの後は、ソジンの落ち着いた声が入っている。


「ジェヨン。明日は休んでもいい。

 彼の様子が知りたいから、連絡だけはくれ」


そして、そのあとは・・・、私は思わず削除ボタンに指をかけた。

わが愛すべき一族、実家の両親と妹たちからの大量のメッセージが

うんざりするほど連続して並んでいるのだった。

これほど疲れているときに、かまびすしい声を聞きたくはない。

私は慎重に選んで父からのメッセージだけを聞くことにした。



「ジェヨン。お前の後輩から電話があった。

 なぜ携帯の電源が入ってない!

 みんな心配している。すぐに連絡しなさい」



後輩?

チェミンだな・・・と、私にはすぐに分かった。

私と連絡がとれず、頭に血が上った彼女は実家にまで電話してしまったか。


もう一度、教育しなおすべきだな・・・と、私は冷静に思う。

私は時計が午前2時を指していることを確認し、

連絡は明日することにして今度はメールを開いた。

そして、すぐに慌てて閉じる。

そこに並んでいたのも、私の妹たちからのメールだった。

心配してくれるのはありがたいが、今は彼女たちのあのテンションはつらい。

しかし、気を取り直して、すぐ下の妹、サリナへだけ返信をすることにした。



―――姉さん!ジョンファssiが怪我したって本当なの?

    ずっと電源も入ってないし、一体どうなっているのか、連絡してよ!!

    みんな心配しているのよ!!



―――ジョンファは大丈夫。重症だけれど命に別状はないそうなの。

    詳しいことはまた明日、お父さんのほうへ連絡する。


    あまり騒がないでね、お願いだから




ところが、返信して1分も立たないうちに電話が入ってきた。

ディスプレイを確認すれば、父になっている。

私は慌てて電話をオンにする。



「ジェヨン!」


「お父さん、こんなに遅くまで何しているの!」


「お前こそ、どうして早く連絡をしない!」


「今まで彼に付き添っていたんだもの」


「姉さん!!ジョンファssiの容態はどうなっているのよ!!」


いきなりセリナの声が飛び込んできて、私は思わず電話を耳から離した。

その携帯電話から、「ちょっと、ちいねえさん、私に貸してよ!」

「リヨン!邪魔よ、離しなさい!」「ジェナ姉さん、ずるいわ!」

「三人とも、いい加減にしろ!」と、3人の妹と父の声が流れてきた。

なんとこんな時間に実家に3人の妹が勢ぞろいしているようだ。



「ジェヨン、それで彼の具合はどうなんだ?」


争奪戦に貫録勝ちをしたのか、父の声が聞こえてきて、私はやっと電話を耳に当てた。


「鎖骨と肋骨の骨折と全身打撲。

 折れた肋骨が危うく肺を突き破るところだったそうだけれど、何とか免れたって先生が・・・。

 全治2ヶ月。

 頭も打っているから予断はできないけれど、今のところ大丈夫・・・だと思う。

 突然足場が崩れて、逃げようがなかったらしいの。

 見事に傷だらけ。

 でも、意識はあるし、しっかりしているわ」



「心配は・・・、ないんだな?」


「ええ。今のところは、なんとか」


「じゃぁ・・・、何かあったら、また連絡しなさい。

 わかったな?」


「はい。・・・お父さん」


「なんだ?」


「心配かけてごめんなさい」


「ジョンファももう家族なんだ、当然だろう」


「うん・・・」


父の言葉にまた涙がこみ上げてくる。

「家族」という響きが、これほど嬉しく聞こえたことはない。


私は携帯電話を抱いて、またしばらく泣いてしまった。












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