数日後、私の送別会が盛大に開かれた。
そりゃ、10年間も人生を捧げたんだもの、
営業部あげての送別会をやってもらってもバチは当たらないでしょう?
後輩たちは、ちゃんと礼儀をわきまえていて(当然だ。私が新人のときから叩き込んできたのだから)
私が辞めることを今さらながらに残念がってくれた。
チェミンにいたっては、仕事中からべそべそ泣いていたが、送別会が始まると同時に号泣し始めた。
結局、送別会の間、私はチェミンを慰めることに専念するしかなかった。
私の隣に座って、彼女は「先輩、せんぱぁい」と、泣き続けている。
かわいらしい顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになって、でも若さというのは羨ましいものだ。
そんな顔だって、とってもキュートなんだから。
「チェミン。あなたも早く好きな人見つけなさい」
「・・ぐすん、だって、だって、ふぇ〜ん、
・・・先輩ったら、ジョンファssiもソジンssiも連れて行っちゃうんだもん。
私たち・・・、残りかすしかいないじゃないですかぁ〜」
おいおい、そんなことはもう少し小さな声で言え!
まるで私が言わせているみたいじゃないか。
私は思わず辺りを見回してしまった。
でも、いつものことだが、ある程度宴も進むと、
主役なんかほっといてみんなてんで好きなことをやり始める。
テーブルの上の料理はあらかた食べつくされて、
空になった焼酎やビールのビンがいたるところに転がっていた。
隣り合わせた同士でビールを注ぎあって話し込んでいるやつらや、
グループで車座になってなにやら声高に議論しているもの、
ワインを回し飲みしながら二次会の打ち合わせに入っている女性たち、etc.
私はチェミンの肩を抱いて慰めながら、そんな同僚や後輩や上司の姿をじっくりと眺めた。
これが10年間、私を支えてくれた人たちだ。
ほほえましくも憎たらしくも愛すべき同僚たち。
ありがとう、と今の私なら素直に言える。
本当にありがとう。
私は1次会だけで失礼させてもらうことにして、店の前でみんなと別れた。
「主役が先に帰ってどうする!」と、狸親父の課長が怪しいろれつで私を引き止めたが、
「すみません、明日早く実家に帰るので」と、私は二次会を辞退した。
何しろみんな、お局を張っていた私の性格は知っている。
つまり、一度言い出したら、狸親父だってその言葉を翻すことは無理だと。
「お元気で!」
「また遊びに来てくださいね!」
「ソジンを困らせるなよ」
「今後はライバルだからな、容赦しないぞ」などなど、
酔っ払いの大声に挨拶されて、それでも私は、
大きな花束を抱いたまま深く深く頭を下げて感謝をしめした。
中には、どさくさにまぎれて、「ジョンファssiを泣かせないで!」なんてのもあったな。
賑やかな繁華街の真ん中で、二次会へ向かうみんなの背中を見送って、
私はひとつ、小さく息を吐いた。
「ジェヨン」
その背中に静かな声がかかる。
私はゆっくりと振り返った。
そこに10ヶ月ほど前、見事に私を振ってくれた男が立っていた。
ちょっとだけ苦みばしったいい男。
毎日、私の目の前に背中を見せて座っていた営業マン。
別れを切り出すほんの数日前まで、私を抱いていた男だ。
「愛している」なんて、簡単に言葉にしてくれちゃって、私を有頂天にさせてくれた男だった。
その「愛している」といった同じ声音で、彼は私の名前を呼んだ。
「あなたもお元気でね」
でも、今の私はにこやかにそんな言葉を吐ける。
「君も元気でな」
「ええ」
彼は、もっと何か言いたそうだったが、でも、ふっと口元を緩めると、
私の前を足早に通り過ぎてみんなのあとを追っていってしまった。
私はまた、その後姿が人波に見えなくなるまで見送る。
「ジェヨンssi」
「ジョンファ、私・・・」
私の後ろの薄闇の中から、もう一人、男が歩み寄ってきて、そっと背中から抱いてくれた。
「あなたの送別会なんか、面映くて出られるか」と言い放って、
わざわざ夕方からの仕事を入れた男。
「いい子でした。
ジェヨンssiは誰よりも素敵だ」
「あなたがいてくれたからよ、ジョンファ。
私・・・、あなたがいてくれたら、何でもできるわ」
私たちの周囲を多くの人が通り過ぎてゆく。
ギリシア神話に出てくる男神のように
美しいオトコに背後から花束ごと抱かれて、うっとりと目を閉じる私。
きっとみんな好奇心丸出しの視線でじろじろ眺めるか、
あるいは、「恥知らずな」と眉をひそめながら通り過ぎていることだろう。
でも、私は、彼の腕の中でただ目を閉じる。
とても素敵な・・・夏の宵・・・。
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