屋上で、私はジョンファを見つけた。
ゆっくりと暮れていく西の空に向かって、彼は立っていた。

「ジョンファ」

私の声に、彼の肩がほんの少し揺れる。

「分かんないよ、あなたって」

「いいよ、分かってくれなくて」

「どうして?」

ゆっくり振り返った彼の顔は 茜色を増していこうとする太陽の光の中で逆光になってよく見えない。
でも、そのシルエットが少し細くなったかなと思う。
苦労したね、今回は。
いつもいつも自信にあふれて仕事をしてきたあなたなのに。
でも、いい経験になったでしょう?
あなたは、このしんどさだって、ちゃんと自分の中で花として咲かせることができる。
ねぇ、ジョンファ。

「ジェヨンssi」

「私・・・、知らなかったわ」

「何を?」

私は以前、チェミンがしていたように指を折る。

「あなたがランチに行って、うっとりしたお目々の女の子たちに喋ったこと。
あなたの出身大学、あなたが途中で転部したこと、あなたのご両親のお仕事・・・」

「そんなこと、人事部の人間ならみんな知っている」

「でも・・・私は知らなかった・・・」

「じゃぁ・・・人事部の後輩に聞けばいいじゃないか、そんなこと」

「ジョンファ・・・、そんなことじゃないのよ、私には」

そうよ、そんなことじゃない。
どうして男っていつも分からないんだろう?
でも、彼はそんな私を理解できずに焦れた表情をしている。

「僕は、あなたには兄貴のことを話した。
親友の店にも連れて行った。
ミルフイユ、おいしかったでしょう?
それだけで、それだけでどうして・・・」

私は涙があふれそうになる。

「それにあなた、肝心なこと黙っていたじゃない」

「何?」

「縁談」

「またその話? 縁談なんかなかった」

「・・・うそつき。 ソジンだって知っていたわ。
私、ソジンに言われたんだもの、あなたと結婚はできない。
男の野望を舐めるなって」

ソジンの名前が出たことで、彼は少しだけ表情を変えた。

「どういう意味?」

また私は指を折って、数えながら口を開く。

「相手の人は・・・クライアントの専務の娘で 社長の秘書をやっているやり手の女性。
若くて、きれいで・・・。
その専務は、あなたのお父さんと大学のクラスメイトで ご両親とは周知の仲。
あのホテルチェーンの重役の娘と結婚したら旅行代理店をやっていらっしゃるあなたのご両親も安心するし・・・」

ああ・・・、彼女を選ぶ条件を数えたら、両手の指だけじゃ足りないわ。

「ジェヨンssi!」

「何、私、何か間違っている?」

「あなたこそ、僕を侮っているの?
確かに野心とか野望とか、仕事をしている以上、あって当然でしょう?
でも・・・、僕の野心を舐めているのは・・・あなただ。
あなたは、僕が自分の出世のために彼女と結婚すると、そんな男だと思っていた?
そんな、情けない男だと本気で思っていたのか?」

「ううん。 あなたはご両親の気持ちを大切にしたいでしょう?」

お見合い写真を並べていたというあなたのご両親は 多分、今回の話をとてもとても喜んでいるだろう。
たった一人残った男の子。
かわいがっていたという孫を手放してしまった今 あなただけに望みを託していることだろう。

「ジョヨンssi」

「あなたこそ、私を侮っていたでしょ。
一緒に街を歩けば、おいしいケーキを食べさせておけば黙って笑っていると思っていたでしょ。
そうよ、後輩からお局様と揶揄されるような婚期を逃した女なんかそれで十分だと思っていたでしょう?」

「ジェヨンssi!」

「私だって、私だってオンナなのよ。
それに、10年もこの会社で仕事してきた人間なんだから。
私、ソジンと一緒に行くわ。
もう、雑用係だけで満足しない。
私だって、一人前の人間なんだから!」

私はそれだけを叩きつけるように言うと、思いっきり身を翻した。
もう、ジョンファなんか見ない。
ジョンファから、自分を引き離すことなんか、難しくない!

「ジェヨンssi。あなたは忘れている。
あなたがいたから、僕たちの企画はできたんだ!
僕たちの企画書、ちゃんと読んだ?
あなたの提案、生きていたでしょう? あなたは雑用係なんかじゃなかった。
そんなこと、自分が一番知っているくせに。
あの時は、あなたが必要だった。
あなた以外の人間ではだめだったんだ」

私の背中はそんな言葉受け付けない。
・・・でも、足が止まってしまう。

「ジェヨンssi。
ねぇ、ジョヨンssi。
あなたの不満に気がつかなくてごめん。
でも、僕はやり直したかった。
僕は、僕のことだけに精一杯で、クリスマスの夜、あなたを・・・。
でも・・・、だから、あなたのために最初からやり直したかった。
普通の恋人みたいに、お互いのことを知り合うことから始めたかったんだ」

ああ、ジョンファ。

「ロマンティストね、ジョンファ。 
でも・・・、もう遅いわ。 私は、ソジンを選んだの」

私は振り向かない。
振り向いて彼を見てしまったら 彼の目に見つめられてしまったら
私のささやかな決心なんか、もろく崩れてしまう。

「・・・どうしていつも、僕じゃないんだ?」

ジョンファの哀しげな声。
私の背中を震わせる。
ジョンファ。
私はあなたを選んだの。
だから、あなたと一緒にいられない。
あなたはもっともっと大きくなれる人だから、そのチャンスをつかみなさい。
その場にジョンファを残して、私は夕焼けに染まる屋上を降りた。
そのまま、ソジンがまだ残っているはずのミーティングルームに駆け込む。

「ソジン!」

「ん?」

「私、会社辞める。
あなたと一緒に仕事するわ!」

私の悲壮にも聞こえる言葉に、けれど、ソジンは軽くうなずいた。
最初から、そんな答えなんか知っていたという風情だった。

「OK。じゃぁ、早速、退職願い書けよ」

私はうなずくと、そのまままたその部屋を飛び出す。
更衣室で自分のバッグとジャケットを引っつかむと
後輩たちの「お疲れ様」の言葉に返事もしないで会社を走り出た。




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