雪が降り続く中、私たちは新しい年を迎えた。
ジョンファの元義姉が再婚した日の夜、彼は実家にいた。

「うん、両親が落ち込んでいる。
手放したくはなかったんだろう、義姉さんとジョジョを。
・・・見合い写真を並べられて・・・、今、困っていたところ」

彼が鬱々としているのではないかと心配して電話したら彼の両親が彼以上に落胆しているという。
彼の両親はたった一人残った息子のジョンファに望みをかけている。
本来ならば、跡取りであるジョジョを家に残し、亡き息子の嫁であった女性だけを除籍するはずだ。
しかし、それができなかったのは両親の優しさだろう。
その優しさが、今度はジョンファを縛ろうとしている。
・・・彼もその両親を振り切ることなんかできないはずだ・・・多分。

クリスマス・イブの夜以来、ジョンファと私は時々、並んで街中を歩くようになった。
彼は私のウインドウショッピングに付き合い、寒くなると暖かな書店に逃げ込んでそこで1時間でも2時間でも書棚の間を歩き回った。
歩道で私が凍った雪にブーツを滑らせそうになると、すかさず手をのべて助けてくれた。
そのために買ったばかりの本を雪の中に放り出すことも厭わなかった。
「ごめんね、せっかくの本が濡れちゃった」と、私が謝ると「あなたが雪の上に尻餅ついて、後から文句言われるよりましだ」と、憎たらしいことを真顔で言ってくれる。
けれど、私はその冬、一度も歩道で転ぶことはなかった。
いつもジョンファが守ってくれたからだ。
散歩の最後は、必ずあの「ら・びあん」だった。
雪だるまはいつもニコニコ微笑んで、私たちを歓迎してくれた。
私は、雪だるまの作ったケーキを片端から食べてみたいと思うのだがジョンファはいつも勝手に「ミルフイユとミルクティ」とか「ミルフイユとグアテマラ」と、勝手にオーダーしてしまう。
文句を言うと、「奢るのは僕だから、文句言わない」と、澄ました顔で答える。

「私、あなたに奢って欲しいなんて言ってないでしょう?
自分でお金払うから、好きなもの食べさせてよ」

「ミルフイユ、好きじゃないの?」

「・・・好きよ。とってもおいしいもの」

「じゃぁ。ミルフイユ」

こいつ・・・。

そんな私たちのやり取りを、雪だるまはいつも面白そうに見ている。
手が空いたときには、私たちのテーブルに自分用のマグを手にしてやってくることもあった。


「ジョンファとは大学時代からの腐れ縁で・・・」

「こいつのレポート、僕が何本も代筆したんだ」

「あ〜、お前、それは内緒の話だろう」

「いいよ、ジェヨンssiになら」

「ジェヨンssiこいつはね、大学時代にね・・・」

もちもちっとした肌をして真ん丸い顔に髭を生やした雪だるまとファンタジー小説に出てくる王子様のような容貌のジョンファがキャンパスの中を並んで歩いていたなんてとてもじゃないが想像できない。
けれど、2人はとても仲がよくてまるでティーンエイジャーのような会話を交わす。
雪だるまは大学卒業後すぐにフランスに留学して☆がいっぱいついているホテルやレストランでケーキ職人として修行を積んだそうだ。
(経営学部を出て何でそんな畑違いの道に進んだのかといえば、「将来、絶対に店を持つつもりだったから、まず経営を学んだ」と、言うことだった)
帰国したのは2年前で、1年間、ほかの店で修行を重ねたあと、この店をオープンしてちょうど1年。
5年間、必死に積み立ててきたお金(と、ご両親からのささやかな援助)を全部はたいたのだが
それでもメインストリートに面した店を構えることはできず立地的には少々遠慮がちなところにある。
オープンして半年は、毎日作ったケーキを泣く泣く破棄しなくてはいけないような状態だったそうだが
今では口コミでファンが増え、何とか店を保っていると、その外見には似合わず控えめな口調で語ってくれた。
その彼の横に座り、ジョンファはまじめな話に時々茶々を入れる。
そのたびに、雪だるまはわざわざうんざりとした表情を作って見せてくれた。
私はこの2人のやり取りを聞きながら、弟たちがじゃれあっているのを見ているような
錯覚に陥ることがあった。

弟・・・。
そう、弟。

だって・・・、あの夜の出来事は、たった一夜の幻だった。
一晩中お互いに求め合って・・・
そう、本当にただ純粋にお互いが欲しくて、一緒に過ごした夜。
幾度もくちづけて、幾度も体を震わせて、でも、不思議なことに、翌日、初めての朝につきものの気恥ずかしさもためらいもなかったふたり。
するりと夜と朝の境界線を越えるとジョンファは私を強く抱きしめると、「ランチにいこう」と、まるで会社のランチに行くみたいに軽く誘ったし私も「うん」と軽く答えていた。

ただ・・・
部屋を出るとき、先に立って靴をはいていた彼はいきなり振り向くと、私をもう一度、ぎゅっと抱きしめて深いくちづけをした。
私は、逆らうこともできずに、ただ彼にされるがままに応えていた。
でも・・・、それ以来、もう、彼は私に触れてはこない。
ただ私たちは街をぶらつき、他愛ない会話を交わし、ケーキを食べて(時には軽い夕食も終えて)地下鉄の駅の上で別れた。
なぜなのか、私には分からない。
ジョンファは、ただ私のそばにいる。
2週間に一度くらい、一人の部屋でぼんやりとしていると、彼からふいに電話がかかってくる。

「今、一人?」

必ず彼はそう尋ねた。
失礼なヤツだな・・・と、時々私は思う。
私が一人でいることを分かっていて電話をかけてくるくせに
確認なんかするな!

「一人よ」

「じゃぁ。ケーキ食べに行こう」

おいおい、10代のデートじゃないんだから・・・と思うが、私は断らなかった。
一度、「今、一人?」 「ううん、彼と一緒」と、答えたことがある。
電話の向こうで、ジョンファは一瞬、沈黙し、それから、くすくすっと笑うと「ウソでしょ。声が後ろめたそうじゃない」と、いいのけてくれた。
結局、私は、彼とケーキを食べる散歩に出る。
彼と私が交わす言葉はいつも他愛のないものばかりだった。
彼はよく亡くなったお兄さんの話をした。
5つ年上で、いつも弟を励まし暖かく導いてくれた兄のことを。
小さいころはよくお兄さんの後を付きまとっていたと言うジョンファ。
お兄さんが読んだ本を読み、お兄さんがよく聴いていた音楽を一緒に聴き、お兄さんとまったく同じ人生を歩みたいと真剣に思っていた少年時代。
お兄さんを語るときの彼は、本当に楽しそうだった。
「兄貴はね」と、彼はいつも話し始める。
生き生きとお兄さんを描写して見せる彼は本当に兄を敬愛していたのだろう。
同じ女性を愛してしまうほどに・・・。

私は、・・・やはり幼いころの話をした。
4人姉妹の長女に生まれた私。
3人の妹たちのために いつも母親のサポートで家事にいそしんでいた少女時代。
そこそこ勉強ができるからと大学に進み そのまま、そこそこの会社に就職して家を離れたこと。
(ちなみに妹たちはとっくに結婚してそれぞれに母親になっている)
私たちのおしゃべりは散歩同様、取り留めなかった。
私たちはただ雪のちらつく街を歩き お互いに鼻の頭を真っ赤にして 「ら・びあん」に駆け込むのだった。
けれど・・・ 私はもう二度と、「ら・びあん」で 席を立った後に振り向くことはなくなった。
いつもジョンファが「大丈夫、忘れ物ないよ」 とでも言うように席を立とうとする私に微笑みかけるからだった。
私は・・・、最後まで残っていた、前の男の癖を忘れた。



やがて・・・ 木々の枝に危なっかしく積もっていた雪が力なく地に落ち温かなぬくもりを求め始めた土に溶け始める。
街には黄色い連翹や薄紅色の桜、淡い紫色の菫のつぼみがようやく膨らみ始めた。



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