「ジェヨンssi、何しているの」

げっ。
まずいところを見られてしまった!
ジョンファからいぶかしげな声をかけられたとき、私は彼のクロゼットの前に座り込んでいた。
その背後から、そっと近づいてきたジョンファが、私の頭の上から、覆いかぶさるようにして見下ろしている。
私はバツの悪さと後ろめたさを隠すように、慌てて「なんでもないわよ!」と、高い声を上げてしまった。

「嘘だ。何してたんだよ」

「何って・・・」

私が何をしていたのか見たくせに、わざとそういうところが憎たらしい。
案の定、彼の目はネコみたいに楽しげに光っている。

「正直にいっていいよ?
怒らないから」

こいつぅ!!

「ねぇ、ジェヨンssiったら」と、彼は私の前に回りこんで座り込むと、嬉しげに私の顔を覗き込む。
普段は涼しげな目じりがちょっとだけ下がってなんて、かわいい顔してるンだろう。

あああ、もう。
本当にこいつ!
にくったらしいたらありゃしない!
分かったわよ、認める。
ワタシはジョンファのセーターに顔を寄せていたのだ。
何していたかって?
決まっているでしょう。
彼の匂いを楽しんでいたのだ。
(誰かを愛している人になら、この気持ち、分かってもらえるでしょう?)
あの毛玉だらけのグレイのセーター。
ジョンファは二度と腕を通そうとはしないけれども、捨てることもできずにクロゼットに押し込んであった。
今日、私は、彼の部屋の掃除をするついでに、彼と一緒に寝室で簡単な衣替えをしていたのだ。
そして、見つけてしまったセーター。
ジョンファがごみを出しにいった隙にあの秋の日と同じように、ちょっとだけセーターに顔を寄せたというのに、
目ざとい彼は目撃したというわけだ。

全く!

「ねぇってば」

しつこいなぁ・・・もう。

「あなたの匂いを確かめていたの!」

照れ隠しについつい言葉がとげとげしくなる。

「僕の匂い?」

少しだけ眉根を寄せる彼。
私はわざと拗ねるように口を尖らせた。

「そうよ、あなたの匂い」

「ふう〜ん」と、彼はしげしげと私の手の中にあるセーターと、私の顔を交互に見ていたが、やがて、にやりと笑うと、ぐいっとセーターごと私を抱き寄せた。

「ジョンファ!」

「こうしたほうが
セーターなんかを抱きしめるより、手っ取り早いでしょ」

確かに・・・。

「ねぇ、ジェヨンssi」


「なぁに・・・」

「そのセーター、僕の匂いがする?」

「・・・うん」

「そうか・・・」

彼は私を抱く腕に力を込めた。
私は彼の胸に顔をつけて目を閉じる。
ジョンファの匂いをゆっくりと胸いっぱいに満たす。
どこか青臭い草いきれのような、でも男の匂い。
この匂いに包まれて、私は今夜も眠りたい・・・。





匂い・・・。
僕の匂い。
今、ジェヨンが抱いているセーターには僕の匂いがしみついている。
僕の?
・・・そう・・・、僕の・・・。





「ジョンファ、今度の週末、仕事は入っているのか?」

親父から電話があったのは、やっと大きなイベントを無事終了させて、ほっと一息ついていたときだった。
ここ一月、週末もずっとかかりきりだったので実家に戻ることもかなわなかった。
顔を見せろとの催促だろうと思い、気軽に、「ああ、大丈夫。久し振りに休みだ。顔出すよ」と
応えてしまったのが間違いだった。

「じゃぁ、母さんと義姉さんのお供を頼む」

「お供?」

「そうだ、チェジュにホテルを取った。
母さんとユヒとジョジョは同じ部屋だ。
隣にお前の部屋も取ってあるからな」

「父さん!」

「あいつが死んでから、もう1年以上たつというのに
 ユヒは笑うことを忘れている。
母さんも同様だ。
少しゆっくりさせてやろうと思ってな。
1週間ほどチェジュにやったんだ。
一晩でいいから、お前も行ってやってくれ」

「父さんは?」

「秋の観光シーズンに、俺が休めるか。
だから、お前に頼んでいるんだ。
いいな、頼んだぞ」

いきなり切られた電話を、僕はまじまじと見る。
もちろん、父はそこにはいないが。
頼んだぞといいながらほとんど強制じゃないか・・・。
携帯電話を閉じ、僕は窓の外に広がるビジネス街を眺めた。
まもなく秋の蒼い空は、すさまじいまでの茜色に染まることだろう。
母と義姉と甥っ子は、この空をチェジュで見ているのか。
兄貴が突然亡くなってもう1年半。
実家はまだ火が消えたように静かな悲しみの中にある。
だから、なるべく顔を出すようにはしていたのだが・・・。
週末・・・か。



僕は就業時刻が迫り、ざわめき始めたフロアを振り返った。
同じ営業1課のデスクアイランドではぼちぼち帰社してきた営業マンたちがパソコンに向かい今日1日の営業報告を打ち込んでいる。
いつもの変わらぬその風景に、僕はほっと肩の力を抜いた。
ここに、僕が生きている世界がある。
何があっても揺るぎない、僕の世界。
ここだけが僕を守ってくれる、多分・・・。




週末、僕はチェジュのリゾートホテルにいた。
午前中、クライアント先にちょっと顔を出したつもりが結局捕まってしまい、
やっと夕方の便に間に合って、たどり着いたホテルだった。
白を基調にしたインテリアが売り物のレストラン。
その名も「カーサ・ブランカ」というのには笑えるが、ま、この際だ、目をつぶろう。
どうせ、親父のことだ、キャンセル客が出たホテルに、これ幸いと母たちをあてがったに違いない。
僕の飛行機代も宿泊代も親父もちなんだから
文句は言うまい、今日だけは。

目の前では、母と義姉が穏やかに語り合いながら
夕食後のコーヒーを飲んでいた。
甥っ子のジョンギ(ジョジョ)は三色アイスクリームと格闘している。
チェックインだけ済ませて、慌ててレストランにかけつけコーヒーだけを頼むと僕もやっと椅子に腰を落ち着けることができた。


「ジョンファ」

「はい、母さん。遅くなってごめん」

兄貴が亡くなったあと、げっそりとやせた母は今も体重が戻らないようだ。
そげてしまった頬に浮かんだ微笑が、僕の胸にしみる。

「ううん。仕事は忙しいの?」

「ん・・・、忙しい仕事が終わったところ」

「申し訳なかったわね、せっかくの週末を」

「ああ、いや。
どっちにしても家のほうに顔を出すつもりでいたし、僕にもいい骨休みになるよ。
アゴアシつきだし、今夜はゆっくりさせてもらう」

僕がわざと嬉しげに告げた言葉に、母はひっそりとうなずいた。

義姉はそんな僕を一瞬だが、まぶしげにみつめると、ついと視線をそらした。
そして、スプーンの勢いがつきすぎてアイスクリームを吹っ飛ばした、ジョジョの後始末に追われる。
6歳のやんちゃなジョジョはスプーンについているアイスクリームをなめるのに忙しいようだ。
その義姉の横顔に僕は視線を向けた。
白く透き通るような肌は初めて兄貴から紹介された8年前とほとんど変わらない。
大きな目を細めて粗相をしてしまった息子を叱るようなそぶりを見せているが
しかし、やんちゃな息子をみつめる愛しげな表情は隠しようがない。
兄貴が残したたった一人の忘れ形見だ。
それは僕だって同じ気持ちだが・・・。

「ジョンファ」

母が僕の注意をまた促した。

「ん?」

「あとで、話があるの。あなたの部屋へ行くわ」

「はい」

けれど、母の話の内容は察しがついている。
僕をわざわざここまで送り込んだ父の思惑も。



1時間後、すでに藍色の帳の下りた窓の外をぼんやりと眺めていた僕の背後でひそやかにドアをノックする音が響いた。

「ジョンファ、私たちの気持ちは・・・知っているわね?」

母は何の前置きもなしにいきなり核心に入った。
いつも本音を言わず、韜晦ばかりし続けている次男坊には
ストレートに言ったほうが効果的だと思ったのだろう。
しかし、うなずくことなんかできるものか。

「私たちは・・・、ユヒとジョジョを手放したくはないの。
でも、まだユヒは若いわ。
家を出たいといわれたら私たちには引き止めることなんかできない」

「母さん・・・」

僕の少しだけ咎める声に、しかし、母はひるまない。

「ジョンファ、あなたとユヒが・・・」

「それ以上は言うな!」

僕の激しい言葉に、母は怯えたように目を見張った。
当然だろう。
僕は両親に逆らったことはない。
逆らう前に、自分の気持ちをとぼけてはぐらかし両親の前から逃げ出してばかりいたのだから。
僕は、ぐっと拳を握った。

少しだけあけていたバルコニー側の硝子扉から秋の風が忍び込んでくる。
レースのカーテンをかすかに揺らしながら一人がけのソファに座って僕を見上げている母の後れ毛をなぜてゆく。

「ジョンファ・・・」

「まだ1年半だよ、兄貴が死んでから。
義姉さんはまだ兄貴の死から立ち直っていないじゃないか」

「ぐずぐずしていたら、ユヒはどこかに行ってしまうわ」

「母さん、僕は
僕たちはカン家のためだけに生きているわけじゃない」

「・・・ジョンファ、あなたの気持ちを母さんが知らないとでも?」

棘のある言葉に、僕は、母が僕の激しい言葉にも少しも傷ついていないことを知る。
兄貴を失ってから心の扉をぱたりと閉じてしまった母は僕の言葉になんか傷ついたりしなくなっている。
優等生の兄貴に引き換えやんちゃばかりをしていてつかみ所がなかった僕に対して
母はかなり苦労していたが、今は僕を見ない振りをしている。
・・・と、思っていたのは僕だけだったか。

「あなたがずっとユヒを好きだったことぐらい
母さんは知っているわ。
だからこそ、あなたは自分の心をはぐらかすために、私たちの前ではいい加減なことばかり言っていた。
・・・でも、お父さんの目は節穴じゃないのよ。
あなたの会社での評判くらい関連業界ですもの、どこからだって聞こえてくるわ。
ジョンハクだって、言っていた。
僕よりもジョンファのほうが業界でもやり手といわれる父さんに似ていると」

僕は母の言葉を聞かない振りをして窓辺に立った。
母に対して大きな声を出してしまったという後ろめたさを窓を大きく開けることで解き放つ。
風よりもその僕の勢いに押されて、レースのカーテンがはためいた。
窓のフレームに両手をかけて、ぐっと窓から体を乗り出すといきなり潮の香りが僕を包み込んだ。
どこかさびしげな潮騒が僕の耳を打つ。

「ジョンファ」

「母さん。
僕は・・・、兄さんじゃない。
兄さんみたいには生きられない」

「ジョンハクのように生きる必要はないわ。
ただ、私たちは、ユヒもジョジョも、あなたも失いたくはないのよ」

「僕は・・・、あなたたちの息子じゃないか」

「ユヒが・・・家を去れば、あなたも家には戻らないでしょう」

「・・・僕を・・・、そんな薄情な息子だと思ってる?」

「・・・当然でしょう」

母の言葉には含み笑いが込められている。
背中を向けていてさえ、母がにやりと笑っている気配が空気のさわぎで分かる。
僕はこの母に育てられたのだ。
ひねくれているといわれても納得がいくではないか。
僕の背後で、そんな母がひっそりと立ち上がる気配がした。

「ジョンファ。
自分の気持ちに素直になってちょうだい。
それが、私たちをも救うのよ」

「戦争直後じゃあるまいし、義姉さんが承知するもんか」

「あのね、ジョンファ、
あなたのおじいさまだって朝鮮戦争に行ったのよ。
たかが50年前のことだわ。」

「母さんだってよちよち歩きだっただろう」

「・・・ジョジョだって、叔父さんがパパならいいのにって、言っているわ」

「卑怯だよ、母さん」

振り向かない、いいや、振り返れない僕を残したまま母は部屋を出て行った。
静かにドアが閉まると、僕は肩の力を抜いた。
卑怯だよ、母さん。
兄貴にあの人を紹介された瞬間から報われない気持ちをずっと抱きかかえて生きてきた。
兄貴夫婦と幸せに暮らしていたときは僕の気持ちなんか見ない振りしていたくせに。
実家から足が遠のく僕を哀れみで責めながら、早く結婚しろと見合い写真ばかり送りつけてきたくせに。
もう一度大きく息を吐くと、僕は窓辺から離れた。
テーブルの上に投げ出してあったカードキーを乱暴に取り上げ部屋の明かりを消す。
ふと、首筋をなでてゆく風に思い返してベッドの上に置いたままにしてあった小さなボストンバッグに歩み寄った。
すでに秋は深まっている。
いくらソウルよりは暖かいというチェジュでも、夜はすでに冬の訪れを予感させる。
僕はボストンの中からグレイのセーターを引っ張り出すとシャツの上から羽織った。



足元で湿った砂が切なげな音を立てる。
漣はまだ遠いところにあるというのに、潮騒は僕を包みこんでいる。
振り返ると、ビーチに向かって建てられた大きなホテルが僕に襲い掛かるようにそびえていた。
深い影を投げかけながらそこに並ぶ窓には灯りが並ぶ。
カーテンを閉じてしまうにはもったいないとでもいうように、ほとんどの窓から光が漏れ、中には寄り添う人影さえ映している。
バルコニーで愛をささやきあうカップルの姿も幾つか見えた。
・・・うらやましいことに。

10階の右から3番目。
僕は数える。
そこに、あの人がいる。
兄貴の思い出をその胸の中に、いいや、存在すべてで抱きかかえて生きている人が。
母さん、毎日、あの人と一緒に暮らしながら、なぜそんなに残酷なことが言えるのだろう?
兄貴の想い出の上に僕の愛を重ねていけと?
兄貴の面影までも包み込めるほど、僕は大きくはない・・・。
僕は一生兄貴の想い出に嫉妬し続けるだろう。
あまりにも近すぎたその存在は、逆に僕とあの人を遠ざける。
だから僕は・・・。


「ジョンハク!」

ふいに僕の思いは断ち切られる。
ゆっくりと振り返ると、あの人がそこにいた。
足元を湿った砂に取られながら、転びそうになりながら、駆け寄ってくる人が。
けれど、振り返った僕の顔を見て、多分、ホテルからの温かな光で顔半分だけを浮かび上がらせている僕の顔を見ていきなり足を止めると
そのままつんのめるように砂の上にくず折れた。

「義姉さん!」

駆け寄って膝をついた僕の顔を彼女がゆっくりと仰ぎ見る。
薄明かりの中で、彼女の白い顔がくっきりと浮かび上がった。
きれいな卵形の顔のライン、おびえたように見開かれた大きな目、やや淋しげな印象を与えるが、30歳を超えてなお楚々とした表情が美しい人。
その小さな唇が割れて「ジョンファssi・・・」と言う哀しげな声が漏れた。

「うん・・・、僕だ」

「なぜ?」

掠れた声が恨めしそうに僕の心に届く。
僕は唇をかんだ。
うかつだった。

「ごめん、兄さんのセーターを着ている」

「なぜ?」

「兄さんが亡くなる前の日、僕は実家に帰っていただろう?
春なのに、肌寒い日だった。
夜、帰ろうとして玄関を出たら兄貴が『寒いだろう、これを着ていけ』って投げてくれたんだ」

「彼が・・・」

「うん。・・・兄さんの形見になった」

義姉の唇が小さく震える。
僕を責めるようにみつめている彼女の大きな目から大粒の涙がこぼれだした。


「ジョンハク・・・、あの人・・・」

僕はうなずいた。
兄を思い出し、泣き出した人に、それ以外、何ができる?
僕の目を見ていた彼女は、やがてあふれる涙をぬぐうことも忘れたまま、僕の胸に
いや、兄貴のセーターに顔を寄せた。

「ジョンハク」

否定しまいたい。
僕の名前は「ジョンファだ!」と、大声で叫びたいと切実に思う。

そうしてこの人をこのセーターから引き剥がして
僕の目を見つめさせて、「僕を見て」と、叫んでしまいたい。
でも、僕にできたことは、ただ彼女を抱き寄せるだけだった。
強く。
情けないことに、砂の上に力なく座り込んで僕はただ義姉を抱きしめるだけしかできない。

「ジョンハク」

義姉は僕の名前なんか呼んでくれない。
彼女が呼ぶのは、死んだ兄貴の名前だけだ。

「ジョンハク・・・。
あなたの匂いがする。
ジョンハク・・・」

「ユヒ・・・」

初めて愛する人の名前を呼んだのに、なんて哀しいんだろう?

僕は潮騒の音を聴く。
そう、この哀しい声は、嗚咽じゃない。
潮騒の音だ。
僕が生まれるずっと以前から途切れることなく、遥か彼方から寄せては返す漣の、切なげに満ちては、想いを引きずりながら去っていく漣の。
そして、胸を焦がしてゆく熱い想いの潮騒だ。



夜更け。
よろめくように部屋に戻った義姉を送り届けた僕は、そのドアが閉まる瞬間、まるで悪巧みの仲間のように
満足げにうなずき返してきた母を見た。
閉まったドアに背を向けて、僕は苦い想いで自嘲の笑いを漏らした。
母さん、義姉さんの体に触れてみればいい。
夜の海風にさらされて泣き続けた人の体を。
冷え切っていることだろう。
僕の抱擁は、義姉さんを温めることはできなかった。
せめてあと1年、母さん、待つことはできないのか?
今はまだ哀しみにしか身を委ねられないあの人をもう少しそっとしておくことはできないのか?

隣の部屋のドアを開くと、僕は明かりもつけずにセーターを脱ぎ捨てた。
ベッドの上に力なく落ちた兄貴のセーターは、ひっそりと灯るベッドサイドのランプの中でうずくまる。

しばらく僕は兄貴と対峙する。
兄さん、どうしてあの夜に限って僕にセーターなんかを貸してくれたんだろう?

「寒いだろ、これ着て帰れ!」と、快活に言って、ほらっと投げ寄越したセーター。

僕は危うく受け取って、「さんきゅ!じゃあ、また」と、このセーターを肩にかけた。
まさか、それが兄の笑顔を見る最後になると思わず僕はあっさりと兄に背を向けた。
それきりだ。

僕はベッドに歩み寄り、力なく腰を下ろすと、そのセーターを指で体のそばに引き寄せる。

義姉さん。
兄さんの匂いなんかするものか。
兄さんが僕にこのセーターを貸してくれたとき、ラベルにはクリーニングの札がついたままだったよ。
あの日以来、僕はこのセーターに幾度も腕を通した。
クリーニングにも数回出した。
このセーターを着たのは、僕だけだ。
体になじんでしまうほどに着ているのは僕だけだ。

僕だけだ。

僕だけだ、義姉さん。

・・・僕だけなんだ・・・。


   ・・・・・・・・・・・


「ジョンファ?」

私を抱きしめたまま黙ってしまった彼の名を、私は呼んだ。

「ジョンファ・・・」

「なんだよ」

いつもの、どこか面倒くさげな彼の返事。
でも・・・、どこかうつろな響きがある。

「ジョンファ?」

「何?」

「ねぇ・・・、ジョンファ」

「ジェヨンssi」

「なぁに?」

「僕を・・・、僕だけを愛してる?」

私は驚いて、彼の胸から顔を離した。
見上げた彼の目が、キラキラと輝いて私を見下ろしている。
何かを企んでいる目だな、これは。

「ジョンファ・・・」

「ねぇ、言ってご覧よ、ジョンファだけを愛しているって」

私はちょっと彼をにらむ

「あのねぇ」

「何?」

「あなたこそ言ってご覧なさいよ」

「何を?」

「何をって・・・」

とぼけるな!
知っているくせに私に言わせる気か?
でも、彼はふっと目元を緩めると、私をまた抱き寄せた。
私は逆らわない。
彼の匂いに包まれていると、とてもとても安心してしまって、すべてどうでもよくなってしまう。

「ジェヨンssi」

「ん?」

「そのセーター、捨てていいよ」

「ジョンファ・・・」

「ジェヨンssiに捨てて欲しい。
もう、僕には必要ない。
僕には、あなたがいる」

ジョンファ。
私はセーターを持っていた指に力を入れた。
彼の想いが閉じ込められたセーター。

「ジョンファ」

「ねぇ、ジェヨンssi。
僕の匂い、好き?」

「うん」

くぐもった私の声。
ちょっと甘い。

「もう一度、僕の名前を呼んで」

「ジョンファ・・・」

「ジェヨンssi。
あ・・・・」

ん?
ジョンファ!
何?

「・・・たらしい、新しいセーター、秋になったら買ってよね」

ジョンファ!!

・・・もういいや・・・。
私は彼の胸の中で、大きく息を吸い込んだ。
もう少し私を抱いていて。

あなたの匂いに包まれて、私は、このまま眠りたい・・・。




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